2011年10月02日

大磯の左義長(さぎちょう)

神奈川県大磯町にいってきました。
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ここでは、1月14日に近い土・日・祝日に「左義長」がおこなわれます。


左義長のマップを作成しました。
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大磯の左義長 地図(詳細版)アップで拡大
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9つのサイトの位置、地区(坂下、浜之町、大泊、子之神、中宿、浅間町、大北、長者町、山王町)の境界、ナナトコマイリの道祖神の、オカリヤ(お借屋)、ミチキリ(道切り)の位置を図にしています。
(アイコンが重なっている場合は地図をアップしてください。境界は表示されるまで少し時間がかかるようです)

posted by コ・ラボ西川口 at 09:18| Comment(1) | TrackBack(0) | まち歩き

2010年06月06日

上海その2 黄浦区

黄浦区は上海のほぼ中央に位置する行政区で、2008年の統計によるとわずか12.85㎢(豊島区とほぼ同じ大きさ)の範囲に約60万人が住んでいるという。人口密度は48,631人/平方km。東京都の特別区全体の人口密度が14,261人/平方kmということを考えると想像を絶する数字だ。

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一つ目の写真は南京東路という歓楽街の昼の様子を撮ったもの。
遠くに高層ビルが見える。この辺りは古い市街が広がっており、所々に高層ビルがボンボンと立っている。日照権の問題とかないのだろうか。


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幹線道路を一本はいるとすぐに狭い路地が迷路のように張り巡らされている。見ての通り人々の生活が公共領域まで所構わずはみ出している。自重という言葉を知らないらしい。



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あろう事か標識まで物干竿に利用される始末。
どうやら脅威の人口密度は街全体を生活空間にすることで成り立つようだ。そう考えると中国においてひとつの街区は一つの‘家’、それぞれの家は‘部屋’にあたるものなのかもしれない。

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ちなみに袋小路の入り口にはたいてい門が設置されており、強いコミュニティ意識があることが伺える。高層マンションといい、古い街区といい、共同体を物理的な何かで囲むという意識を中国の人は持っているのかもしれない。個がある前に共があるというか。華僑など中国人ネットワークにもつながる価値観なんだろうか。あとは昼間と夜間でまちの様子が一変するのもなかなか楽しい。夕方暗くなるととたんに人気は消え、各街区の門はしまり、街は街としてその本来のインフラの様相をさらけ出す。

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ちなみに経済空間ももれなくはみ出してます。職住接近というか、もはや職住混交。









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こちらは上海地下鉄のターミナル人民広場駅の朝の様子です。
整列乗車なんて言葉はないらしく、降りる人のそばからひとが乗ってゆきます。
そして扉も容赦なくしまります。
死人はでないのかしら?


黄浦地区はまさに中国って言う感じの、人人人、家家家、洗濯物洗濯物、自転車バイク人力車タクシー・・・な、カオスな街でした。活気にあふれているという言葉がぴったり来る。それも金融街のようなギスギスしたものではなく、人の生活に根付く活気というか。飲食店や市場の生き物の香り(主にすえたにおい)が街のあちこちに漂うあたりどこか安心感があります。

でも外灘からはそんな人臭さは消え、すっかり浄化されていました。
3年前は腐豆腐の匂いがここにも漂っていたんですけどね〜
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posted by コ・ラボ西川口 at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | まち歩き

2010年06月05日

上海その1 浦東新区

何かと話題の中国で都市とその開発の様子を見てきました。

まずは発展著しい中国を象徴するかのような高層ビルが立ち並び、また次々と建設される地区-浦東新区です。

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世紀公園(Century Park)という総面積140ヘクタール(新宿御苑の2.5倍),総投資額10億元(約130億円)の都市型公園があるのですが、そこから上海の中心街を眺めると、遠くに有名な森ビルのShanghai World Finansial Centerのさきっちょが出ているのが分かります。ずば抜けて高いです。
この公園、おそらくニューヨークのセントラルパークを意識して作ったのだと思いますが、入るのに入場料が掛かります。
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世紀公園の周りには高層マンションが連なっています。ここからなら上海の中心街までものの10分と便利な上に緑などアメニティも豊富に備えています。高層マンションは建物全体が柵で覆われ、ガードマンが常駐しています。泥棒も多いのでしょう。

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世紀公園から地下鉄で4駅移動すると陸家嘴金融貿易区につきます。
地下鉄を出てすぐに目線は上へ上へ・・・
高いビルしかない・・・
ちょっと奥に例の森ビルが鎮座しています。
周囲には高級ブランドしかないショッピングセンターなど、富裕層しか存在できないような空間にしつらえてあります。実はここに3年前も来たことがあるのですが、大衆向けのカルフールが消え、やや富裕層向けのルータスが出来ていました。

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品物の6割が輸入品だという高級スーパー都市超市(City Shop)にも行ってきました。値段は日本のスーパーとほぼ変わらない値段。それでも地下鉄が遠くまで行っても70円ほどしかかからないことを考えると大した値段だと思います。お客さんはほぼ欧米人。シリアルや果物などを大量に買い込んでいました。この近辺に住んでいる人でしょうか・・・

所々に公園もあって(しかもどこも手入れが行き届いていてきれい)、高層ビルしかない割にそんなに圧迫感はなく、日本では味わえないスケール感に圧倒されました。人の生活するにおいは極端に薄いですが、上昇志向というのでしょうか、そういったものがビルとなって結晶化した冷たい野心に満ちた空間なのだと感じました。

上ばかり向いていると首がいたくってしょうがないだけです。
こんな肩こりにしかならないような都市開発は日本には必要ありませんね。
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posted by コ・ラボ西川口 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | まち歩き

2009年12月14日

神楽坂

今回は「懐の深い街」神楽坂を訪問しました。

毘沙門天善国寺を中心に江戸の粋を色濃く残す賑やかな繁華街、「神楽坂通り」は平日の昼間というのに多くの人々で賑わっていました。
その一方で、一歩路地を入ると隠れ家のようなレストランや料亭があり、非常に落ち着いた雰囲気でした。

そんな神楽坂もやはり時代の流れには逆らえず、徐々にチェーン店などが増えてきており、昔ながらの店は少なくなってきているようです。

そこで神楽坂に店を構えて60年になる陶器屋「太陽堂」のご主人に話を聞いてみました。

ご主人の話によると、当然だが街の雰囲気は変わってしまったようです。とくにバブル崩壊後にその傾向が顕著にみられるようになったようです。その原因はさまざまだが、後継者不足が一番大きな原因だそうです。そうして店じまいしたところにコンビニなどが入っていったそうです。

しかしそういった負の変化ばかりではないようです。フランス日仏学院などといったフランス関係機関がおおいため、フランス人が神楽坂近辺に住んでおり、フランス料理屋がふえているそうです。またイタリア料理屋などもあり国際的な面も見られるようになり新たな魅力になっているそうです。

このように昔ながらの伝統を守り続けるのは非常に難しく、どのように時代の流れを取り入れていくかが重要だと思いました。

ちょうど訪れた時「歳末レシート祭り」というのが行われていました。これは神楽坂通り商店街に加盟する店でもらったレシートの裏面に、氏名、住所を記載し、通りに設置されている抽選箱に投票し、当選すると商品券がもらえるというものである。

これには189もの店舗が参加しており、その中にはコンビニやファミリーレストランも含まれている。

西川口駅東口にある並木通りを訪れた際チェーン店は商店街の取り組みに非協力だという話を聞いたのだがこちらでは意思疎通ができているようである。

このように街全体が一体となって取り組むことがよりよい街づくりへの一歩だと考える。








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2009年12月11日

山谷・吉原

「バッキャロー」
20人ほどのホームレスと思しき人々が、アーケードの入り口付近で騒いでいた。
そうとう世の中、社会に不満があるらしく、仲間たちと酒を飲みながら(道端である)
激しく不満を言い合っていた。
 私が日本3大ドヤ街と称される山谷地区を訪問したのは10月15日であった。
南千住駅から歩くことおよそ5分、私のめに飛び込んできた光景は宿泊所と思われる
木造住宅がズラリと並んでいて、そこだけまるで時間が止まっているかのような
昭和の雰囲気だった。
それは簡易宿所といって、山谷地区の悲しい歴史とともに残ってきたという。
職を求めてきた人々がそこに泊まり、夜の寒さをしのぐのだ。年季が入り、
窓が閉まらないものもあり、とても住めるようなものではない。本当に「しのぐ」
ための宿泊所だ。しかし、そこに人が定住している悲しい事実がある。私は日本の
格差を目の当たりにした。
 山谷地区からさらに10分ほど歩くと、日本最大のソープランド街である吉原に
到着した。噂には聞いていたが、"ソープランドが街にあふれている"という表現
よりも"街にソープランドしかない"といったほうが的確かもしれない。
明らかに風俗店とわかる店の間に点在する一見ふつうのカフェでさえ、そこでは
違法な行為が行われているという。ただ、よくある繁華街の雰囲気ではなく、店や
客引きに威厳さえ感じさせるものもあった。さすが、歴史が古いだけある。
 山谷地区と吉原の関係は昔から密接であった。山谷地区には、吉原への車夫などの
日雇い労働者が集まっていた。いまもその関係が引き継がれている感じはあった。
しかし、山谷地区も"バックパッカーや外国人向けの安い宿がある街"へと変わって
いっているといわれている。いまはイメージチェンジのチャンスなのではないか。
行政はちゃんと動いているのか気になった。
 西川口もまちのイメージがいい方向へと変わっていって欲しい。我々はその変化を
見逃さず、しっかりとそのよいイメージを定着させなければならない。
posted by コ・ラボ西川口 at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | まち歩き

2009年11月17日

高円寺(東京都杉並区)

今回は文化を感じさせる街、「高円寺」に行ってまいりました。

高円寺駅を降りてみてまず感じたことは、若者が非常に多いということでした。街を歩いてみるとその理由がすぐにわかりました。雑貨屋、古着屋、楽器屋、スタジオなど若者を惹きつける要素がたくさんあるからです。

しかし高円寺には大人を惹きつける要素も多数あります。ギャラリーや古本屋、おしゃれなカフェ、隠れ家のようなレストラン、バーや居酒屋などです。

またこれらのような面を持つ一方で生活感の溢れる町でもあります。昔ながらの魚屋や、八百屋、肉屋、総菜屋などといった店が純情商店街に軒を連ね、今晩の夕食のおかずを買いに来る多くの主婦や一人暮らしの学生などで賑わっています。

このように高円寺には様々な顔をもつ街といった印象を持ちました。

また、どこか昭和の香りがする街といった印象を持ちました。アーケ―ドの商店街、昔ながらの喫茶店、八百屋。

最近、駅前の街並みはどこも似たような感じを受けます。大型小売店が駅前にそびえたち、どこに行っても似たようなチェーン店が立ち並ぶ。没個性で画一化された街並みが広がっている。

そのような中、高円寺には古き良き時代の街並みが残っているような感じがします。そのような点も高円寺に人が集まる理由のような気がします。


posted by コ・ラボ西川口 at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | まち歩き

2009年10月29日

西川口(埼玉県川口市)

今回は私たちコ・ラボ西川口が拠点を置いている西川口駅西口界隈を調査してきました。

調査してみて感じたことは昼間は非常に人通りが少なく、また夜からの営業の店が多いため、ランチをしようと思った際に入れる店が限られるということです。

西口で一番賑わっていたところは駅から少し離れたところにあるイトーヨーカドーでした。ここにいる客がもっと駅周辺の商店街に流れてくれればもっと町は活気づくと思います。

若者が何をして西口で過ごそうと考えた時思い当たるのは漫画喫茶しかなく、ふらっと入れる喫茶店などが欲しいところです。

駅から少しはなれたところにはおしゃれな喫茶店が何軒かみられ地元の人の隠れ家的存在になっていました。ぜひ足をはこんでみてもらいたいです。

他の町と比較したとき、やはり目についたのはアジア系の料理店や物産店の多さでした。この特徴をなんとか西川口の特徴としてアピールできないかと感じました。

posted by コ・ラボ西川口 at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | まち歩き